I. 情緒障害児短期治療施設の歴史

1. 情緒障害児とは

 emotionally disturbed childrenの訳。disturbedには障害の意味はなく「混乱・乱れ」の意。この用語は行政用語であり、医学的診断名や分類用語ではない。また、一般の心身障害とも異なるので、注意が必要。
「定義」:「情緒」とは、1]基本的な感情の動き:怒り、恐れ、嫌悪、悲しみ、驚きなど。2]行動的側面:表情、声音、泣き声など。3]生理的側面:心拍の増加、発汗、血圧の変化など。これらから構成される基本的適応行動であるとされる。「障害」・「混乱」とは、感情を適切に表出したり、抑制することができないこと。

2. 情緒障害児短期治療施設(以下、情短)の対象児

(昭和42年中央児童福祉審議会の意見具申)
 家庭、学校、近隣での人間関係のゆがみによって、一時的に感情生活に支障をきたし、社会適応が困難になった児童。
1) 非社会的問題行動
 不登校、場面緘黙、孤立、自傷行為等
2) 反社会的問題行動
 反抗・乱暴、盗み・持ち出し、怠学、授業妨害等
3) 神経性習癖
 チック、爪かみ、夜尿、遺尿、偏食・拒食、吃音等
*知的障害児、精神病児、自閉症児等、知能的、身体的、器質的障害により二次的に生じた情緒的問題行動を示す児童は、情短の対象から除外されている。

3. 情短設立と沿革

 昭和30年代、子どもの自殺の増加、非行の低年令化、不登校の出現等の時代背景のもと、子どもの早期治療と健全育成を目指して設立された。
 昭和35年、中央児童福祉審議会から、「児童福祉行政の刷新強化に関する意見」が出される。その中で、軽度の非行児に対する早期対応策の一環として、短期治療施設の整備の必要性が提言された。
 昭和36年、児童福祉法の一部改正によって、児童福祉施設に加えられた。
 「軽度1)の情緒障害を有するおおむね12歳未満の児童を、短期間2)収容し(原文のまま)、または保護者のもとから通わせて、その障害をなおすことを目的とする施設」
 この時には、「軽度」・「年少」の情緒障害の治療を目的としていたので、治療期間はおおむね6ケ月程度と予測されていた。「短期」の具体的期間である。
 この中で、“短期”、“軽度”の定義は現状には合わなくなっている。
注1. 当時想定していなかった現代的な問題も生じてきている。例えば、被虐待児および不登校児の増加、PTSD、家庭内暴力、いじめ、いじめられ等がそれである。
注2. 全国情緒障害児短期治療施設協議会の、平成12年度のデーターを見ると、1年6ケ月以上在所している児童の比率は52.1%を占め、6ケ月未満で退所した児童の比率は僅か9.4%に留まっている。児童の問題が複雑化・重症化していることが伺われる。1年6ケ月が分岐点と言える。
 昭和37年、岡山(津島児童学院)、大阪(大阪市立児童院)、静岡(静岡県立吉原林間学園)開設。
 昭和42年、中央児童福祉審議会の意見具申のなかで、施設の性格が再認識された(前出)。 昭和54年、情短の運営の基準が最低設置基準の中に明記される。
 平成10年、児童福祉法、児童福祉施設最低基準の改正。
 平成13年、情短施設は全国で19ケ所。こどもL.E.C.センターは、平成13年4月開所。

4. 現在(平成13年)の情短の規定

・児童福祉法第43条の5
 「情緒障害児短期治療施設は、軽度の情緒障害を有する児童を、短期間入所させ、又は保護者の下から通わせて、その情緒障害を治すことを目的とする施設とする。」
*「12歳未満」という年齢制限が削除され18歳3)までが対象となった。
・児童福祉施設最低基準
(職員)
第75条 情緒障害児短期治療施設には、医師、心理療法を担当する職員、児童指導員、保育士、看護婦、栄養士および調理員を置かなくてはならない。
2. 医師は、精神科又は小児科の診療に相当の経験を有し、かつ、児童精神医学に関し学識を有する者でなければならない。(常勤でなくてはならない)
3. 心理療法を担当する職員は、大学の学部で心理学を修め学士と称することを得る者であって、個人及び集団心理療法の技術を有し、かつ、心理療法に関する1年以上の経験を有する者でなければならない。
4. 心理療法を担当する職員の数は、おおむね児童10人につき1人以上とする。
5. 児童指導員及び保育士の総数は、通じておおむね児童5人につき1人以上とする。(ただし、厚生労働省の見解では、通所の場合は、児童7.5人につき1人以上)

5. 情緒障害児施設の問題点

1)問題の重症化、複雑化、年令の幅の広がり(思春期問題)から考えて、人員配置が少なすぎる。
2)措置費に含まれる医師の給与が低いため、常勤医師の確保が困難。
3)心理職の経験年数1年という条件も、クリアするのが困難。
4)義務教育が義務づけられているのに、教育委員会に周知徹底しておらず、その実現に開設から時間がかかる。

II. こどもL.E.C.センター設立までの経緯

1. 経緯

 森の都、熊本市の東部に益城台地がある。当園は、その頂きにあり、熊本城天守閣の高さとほぼ同じだと言われている。
 60,000m2(18,000坪)の敷地に広がる緑の芝生や、樹齢を重ねた大樹、緑と風と陽光に囲まれた赤い屋根の家は、北欧の村落を思い起こさせる。
 昭和22年6月、アメリカルーテル教会宣教師で慈愛園園長であったモード・パウラス先生は、戦後の浮浪する子ども達を救済するために第2の慈愛園建設を意図して、当地、旧陸軍演習場用地26,000坪の払い下げを受ける。
 アメリカリッチモンド市に本部をおくChristian Children’s Fund Inc.(C.C.F)より資金の援助をうけ、開墾と子どもの家建築に着手した。
昭和23年4月 子どものホーム第1棟を竣工。開園式を行う。
24年8月 養護施設「慈愛村」認可(熊本県知事)
28年12月 「社会福祉法人基督教児童福祉会広安愛児園」認可(厚生大臣)
47年11月 創立25周年記念式典を行い記念誌「かんのじ山」「児童処遇の手引き」を刊行する。
平成3年11月 創立45周年記念事業として、老朽整備事業、子どもの家全面建て替え、記念誌「神の家族」を刊行(東京中央図書館蔵書)し、落成記念式典を行う。
5年3月 自立援助ホーム建築
5年4月 分園型自活訓練事業開始(榎ホーム)熊本市榎町に土地、建物購入
 この間、肉親や家族に恵まれない児童に対する自立成長のための援助をするとともに、社会的に急増している虐待や不登校に対する心理的援助を要する児童の支援にも力を注いできたが、特に近年、児童を取り巻く様々な家庭的・社会的要因から虐待、不登校及び性格、行動などの情緒面の発達に問題を持つ児童が急速に増加し、児童養護施設の機能のみでは専門性及びマンパワーが不足しており、対応しきれていない現状を憂慮し、時代のニーズに応えるため情緒障害児短期治療施設建設の検討を行う。
平成7年3月 理事会で創立50周年記念事業として、情緒障害児短期治療施設新設の案がでる。
鳥取子ども学園『希望館』見学研修
8年5月 理事会で5回継続審議し、情短施設新設を決定
6月 熊本県に情短施設整備(長期整備計画)協議書を提出
12月 情短施設設立委員会を発足
9年8月 高槻市の情短施設『希望の杜』見学研修
10年11月 理事会で心理療法士道平進氏を設立準備室長に決定。熊本県児童相談所と情短施設新設について協議を重ねる。
11年7月 香川県『若竹学園』見学研修
8月 兵庫県『清水ケ丘学園』見学研修
9月 情短施設建築の国庫補助申請が成立せず日本財団の助成金申請
10月 熊本県知事、福祉総合相談所長の情短施設新設に関する意見書受領
厚生省、日本財団に出向き情短施設新設の計画及び補助金申請について協議
日本財団へ補助金交付申請書一式を提出
心理、教育、福祉専門委員会発足
12年2月 日本財団より補助金交付内定通知
4月 日本財団と助成契約を締結 270,300,000円
助成金交付伝達式及び助成事業に関しての事務説明会
5月 上田憲二郎建築事務所と建築業務委託締結 18,900,000円
熊本県教育長、益城町教育長に情短施設の説明
県、町教育委員会と教育について協議
7月4 建築業者指名競争入札説明会(9社)設計図書配布
21 入札 開札 落札 予定価格359,000,000円 前田建設工業株式会社340,000,000円で落札
22 理事会で工事請負業者、前田建設工業株式会社に決定
28 社会福祉医療事業団へ資金借入申込書提出
8月2 前田建設工業株式会社と工事請負契約を締結起工式
11月 債務保証承諾通知 社会福祉振興・試験センター
12月 社会福祉医療事業団より貸付内定通知
13年1月 社会福祉医療事業団と金銭消費貸借契約締結 60,000,000円
2月21 最終建築打ち合せ会 合計(27回)
26 設計事務所検査
27 県土木事務所検査
28 消防検査 施主検査 竣工
3月16 情緒障害児短期治療施設「こどもL.E.C.センター」設置認可(熊本県知事)
26 所有権保存登記完了
4月1 開所式、開園

2. 施設概要

施設の目的
 児童福祉法(第43条の5)による情緒障害児短期治療施設として、「軽度の情緒障害を有する児童を入所又は通所させ、その情緒障害を治療する」ことを目的とする。
施設の名称及び所在地
種別 情緒障害児短期治療施設
施設名 こどもL.E.C.センター
所在地 熊本県上益城郡益城町古閑73
開設年月日 平成13年4月1日
設置・経営主体
社会福祉法人基督教児童福祉会 広安愛児園(昭和28年12月認可)
社会福祉法人キリスト教児童福祉会 (平成13年9月11日変更認可)
定員
定員50名(入所35名、通所15名)
現員35名(入所23名、通所12名)13.9.24
施設の規模
敷地面積 61,470.91m2
建物延べ面積 1,769.44m2
1] こどもL.E.C.センター本棟
建物の構造 鉄筋コンクリート造2階
建建物の面積 1階延床面積 1,155.96m2
2階延床面積 540.60m2
延床面積 1,696.56m2
2] 家族療法棟
建物の構造 鉄筋コンクリート造2階建
建物の面積 1階延床面積 36.44m2
2階延床面積 36.44m2
延床面積 72.88m2
 地域社会が一体となって子どもたちの健全育成を行っていけるように、園の設備(野球場、広場、体育館等)を地域コミュニティの場として開放提供している。
 又、地域住民・PTA・ボランティア等が見学を通して入所児の正しい理解を深め、その予防・早期発見早期治療に連携の輪を広げていくことを期待する。
 これは、21世紀を担う青少年の健全育成に大きく寄与するものである。

III. こどもL.E.C.センター


1. 目的

 児童福祉法(第43条の5)情緒障害児短期治療施設は、軽度の情緒障害を有する児童を、短期間、入所させ、又は保護者の下から通わせて、その情緒障害を治すことを目的とする施設とする。

2. 児童生徒定員と職員配置

児童定員…入所35名・通所15名 計50名
職員配置…施設長・精神科医・心理療法士(5)・生活支援員(9)・看護婦
管理栄養士・調理員・書記 *その内、教職免許取得者8名
◎児童生活支援員が一緒に生活し自立心や協調性を伸ばしていく支援をします。
◎心理療法士や医師が、心の悩みについて親切に相談にのります。
◎それぞれの学習能力に応じて、学習支援をしていきます。

3. 利用対象児童生徒

◎学校へ行けない。家庭に引きこもる。
◎食事が食べられない、食べ過ぎてしまう。
◎夜尿や失禁が続いている。
◎無気力で意欲が湧かない。
◎人と話すことが極端に苦手。
◎などなど、様々なタイプのお子さん方ですが、詳しいことは、児童相談所又は当センターへお問い合わせください。

4. 利用内容

 施設で寝泊りして集団生活をしながら生活支援・学習支援・心理療法を受ける「入所」、施設に週1回以上通いながら学習支援・心理療法を受ける「通所」と、これらの支援をより効果的にする家族療法があります。

5. 支援内容

◎心理療法…心の迷い、不安などを取り除いて意欲を育てます。
◎生活支援…基本的生活習慣の確立と対人関係の適応力を育みます。
◎教育支援…学習の習慣化と基礎学力の補完を試みながら学習意欲を引き出します。
◎健康支援…身体の健康を増進するために必要な保健と栄養のアドバイスを行います。
◎家族支援…家族関係の調整を図り、早期家庭復帰を促します。

6. 利用するには、

◎まず、お電話でお問い合わせの上、ご見学に来てください。
◎児童相談所に「利用したい」とご相談してください。児童相談所が状況に応じて、ご利用をお勧めします。

7. どんなところ

★プログラムに沿って規則正しく生活する中で心と体のリズムを作ります。
★心の不安や疲れ、ストレスでの悩みを一緒に考え、解決策を導き出していきます。
★施設内の教室で勉強したりなど、教育を受けることもできます。
★心理療法が必要なお子さんには、プレイセラピー、箱庭療法、芸術療法、カウンセリング等、専門のスタッフが心理療法を行います。

8.プログラムは、

 プライベートタイムを尊重し、個室をご用意しています。朝は、起床・洗面に始まり、昼間は専門スタッフが教育を行ったり、定期的に心理療法を受けたりします。又、午後の時間を中心に、創作活動や社会活動で個性や社会性を伸ばすプログラムをご用意しています。夕方から夜にかけては、くつろいだ時間をとれるよう配慮します。その他、年間を通して楽しい有意義な行事を催したり等しています。

IV. こどもL.E.C.センターの生活支援

はじめに

 こどもL.E.C.センターを必要とし、入所してくる子どもたちは、これまでの生活環境の中で様々な心の傷を負ってきた子どもです。家庭、学校、あるいは地域の中で、対人関係につまずき、動けなくなってしまった子どもや、やり場の無さを家族や周囲の人にぶつけて、心の傷をさらに広げてしまう悪循環に陥っている子どもなどです。
 このような子どもたちは、抱える問題が対人関係における混乱であるがゆえに、施設の生活の中でそれまでの対人パターンが反復的に再現され、子ども達だけではなく職員の間に潜在する不協和や不備が微妙に揺さぶられ、逆に子どもの問題を刺激してしまうこともあります。私達職員は子ども達との生活の中でそのことを自覚し、対応することを心がけています。

1、 生活の中で

 こどもL.E.C.センターでの生活支援は、子どもたちがより快適に、安心できる居住空間作りを目指しています。生活スペース、又は個室等で、基本的な生活習慣である食事、排泄、入浴、清掃や整理整頓の態度を育てたり、遊びや学習をする中で社会性を伸ばしたりしています。また、子どもや職員とのふれあいの中で実行力や自律・協調性を育てていくと共に、学習や作業活動を通して、自分の持っている豊かな可能性を伸ばしていけるような工夫をしています。
 施設にいる子ども達はほとんどが仲間作りや集団の中で上手く適応していくことが苦手で、自分が皆から認められていないと考えていたり、自信を失っています。このような子ども達も日課の中での友達や職員とのふれあい・遊び・スポーツ・作業など皆と一緒に行動する楽しさを通して、自信を取り戻していきます。職員は日々の生活の中で子どものどんな小さな努力でも認め、常に励まし、自分で行動することの楽しさを引き出していきます。

2、 日課(平日)

7:30 起床…一律に声掛けはしますが起床時間はそれぞれの体調や心の状態で違います
8:00 朝食
9:00 掃除…役割分担をつくり子ども達に任せます
9:30 登校(センター内の教室・1階)…登校できない子どもは2階の生活スペースで学習します
12:00 昼食
13:30 午後プログラム(創作活動・スポーツなど)
15:00 おやつ
自由時間…子ども同士や子どもと職員がふれあう大切な時間です
18:00 夕食
入浴・自由時間
22:00 自分の部屋へ入室…各自、自分の部屋でゆっくりとした時間を過ごします
23:00 消灯・就寝
 この日課は緩やかなものであり、決して無理強いをせず、子どもの心と体の準備ができるのを待つ事が大切だと考えています。

最後に

 子ども達と共に生活していく中で、守られた環境作り、日常生活の中での関わりが必要であり、又その中で、必然的に治療的な関わりができているように感じています。日常生活を通して、そこで展開する大人との濃密かつ繊細な関わりの中から、ゆっくりと安心感、信頼感につながる経験をさせていくことが大事だと考えています。そのためには、私達職員が生活の中で、子ども達と時間を共有し、喜怒哀楽を分かち合える関係作りを計らなければなりません。こどもL.E.C.センターができ、はや半年、子ども達と常に向き合い、我々職員も共に成長していることでしょう。

V. こどもL.E.C.センターにおける心理療法

1. こどもL.E.C.センターの心理臨床の場としての特徴

 心理療法にはさまざまな学派があり技法がある。そして、心理療法家は自分にあった理論や技法を基礎により多くのクライエントを援助すべく探求を重ねている。また、心理臨床の場は多様化してきており、多様化したニーズにいかに応えるかも心理療法家に望まれるものである。
 従来のクリニック・モデルといわれる臨床形態は、クライエントはクリニックへ訪れ、心理療法家との治療契約のもとでセラピーをおこなうものである。このモデルは、クライエントが生活する場とセラピー・ルームは物理的に離れた場所にあり、「現実」と「特別な空間」という「場」の持つ意味がセラピー自体に大きな影響力をもたらす。この「特別な空間」の中でクライエントはセラピストと共に自分自身を見つめる、探す、崩す、組み立てるなどさまざまな作業を展開する。そして、「特別な場」から持ち帰られた「何か」は「現実」の生活の中で次のセラピーの時までクライエント自身によって色付けられ、生活の中に反映される。これは「現実」と離れた場所だからこそできる作業である。
 一方、こどもL.E.C.センターでは心理臨床の場として特徴的な点がいくつか挙げられる。1]生活の中に治療の場が含まれる、もしくは近接するため、「場」の持つ意味が限定される、2]子どもたちが集団で生活する場である、3]家族との関係を重視する、という3点である。

2. こどもL.E.C.センターにおける心理療法の特徴

(1) 生活の場に含まれる、近接する治療の場
 前述したように治療の場が生活の場に含まれる、もしくは近接する環境では、「特別な場」としてのセラピーの意味が薄まってしまう。しかし、「現実」の場である生活の中で、クライエントの問題となる行動が「生き生き」と展開されている様子を観察できる。よって、セラピストは、こどもの問題をより現実に近いレベルで扱うことができる。つまり、子どもの問題に対して、セラピスト個人でなく生活全体の関わりとして子どもを取り巻く治療的な環境を作ることができるため、「場」の「特別さ」はセラピー・ルームよりも施設全体の性質として維持されるものと考えることができる。
 一方、セラピー・ルームにおける心理療法では、セラピスト-クライエント関係を構築することが大きな課題となる。対人関係に何らかの問題を抱える子どもと1対1の信頼関係を築きあげることはとても重要であり、この関係の構築が治療全体を大きく左右する役割を持つ。
 また、セラピー・ルームでのテーマとして、日常生活に近いことが扱われるのも特徴的なこととして挙げられる。子どもは、日常生活の中で起こった葛藤や不安を「守られた場」で何らかの形で吐き出すことがある。セラピストはそれを受け止めながら子どもの内面を充実させ、現実生活での適応がうまくできるよう配慮していく。
 当センターには、カウンセリング2部屋、プレイルーム、箱庭ルーム、遊戯治療室2部屋があり、子どもの状態にあわせ、週1回~2週に1回セラピーを行っている。

(2) 子どもたちの集団生活の場
 子どもたちは、日々、他の子どもとの関わりの中で生活している。ほとんどの子どもが対人関係に何らかの問題を抱えているため、日常生活は他の子どもと関わるこの上ない体験の場であり、相互作用の中で成長をしていく。私たちは、成長促進的な環境の中で子ども達を支持することによって、間接的に子ども一人ひとりの成長を促すように関わっている。子どもたちの相互作用は、日常生活ではごく自然な流れの中でおこなわれており、子どもたちにも「治療」という構えを起こすことなく「自然に成長していく」環境として治療的な意義が高い。
 こういった集団の相互作用という要素を心理療法の中にも取り入れている。エンカウンター・グループや心理劇というように、構造化された臨床心理学的なプログラムの実施や創作活動、スポーツといった自己表現、コミュニケーションの発現を促すような関わりをおこなっている。

(3) 家族との関係
 こどもL.E.C.センターの利用は基本的に、本人、家族の同意のもとでおこなわれている。当センターを利用する子どもは、家族の中で多少なりとも扱いに困る存在であることが多い。また、家族機能自体に何らかの問題が生じていることもあり、子ども自身の問題を解決するとともに、家族を支え家族機能を改善することがクライエントの問題解決への近道となることがある。つまり、個人としての子どもと、家族のメンバーとしての子どもという2つの視点が必要であり、当センターは、定期的に、家族面接、親面接という形を取っている。
 このように従来の心理療法そのものをおこなうのではなく、心理臨床の場としてのこどもL.E.C.センターの特徴を把握し、入所・通所している子どもたちの様子を見ながら考えることが、より有効な治療的効果を生み出すものであると考えられる。

VI. 医療業務について

 当施設利用児童に対して、精神科担当医としての対応の流れをご紹介します。
 まず、入所、通所どちらの子供さんにしても、利用開始なるべく早く初回面接を行い、見立て、診断をするとともに、当施設利用の目的をできるだけ本人から聞くようにしています。何事も、最初が肝心といわれますが、ここでは特に自主性を重んじる基本姿勢があるので、本人の口から聞くということを大切にしています。自分でまだ考えられない相手には、これから一緒に考えていこう、という方向になります。
 初回面接が終われば、心理・生活各担当スタッフと話し合い、治療的対応への毎日の組み立ての方針を決めます。また、不眠、不安、緊張、気分の落ち込み等の何らかの精神科的症状が強いようであれば、必要に応じて薬の処方を考えます。薬に対する説明や飲み方は本人と保護者両方にします。できるだけ本人の希望にそった処方を考えますが、薬に対して拒否感があったり、逆に依存的であったりする場合はかなりの説得が必要な場合もあります。
 その後は、特に問題がない場合は、月に1・2回程度の個人面接を定期的に行っていきます。日常的には、子供たちは担当スタッフとの関わりが中心になるので、私は随時スタッフからの相談を受けてアドバイスを出したり、みんなで知恵を寄せ集めて対応していっています。問題が込み入ってきた場合はケース検討会になります。
 家族への対応としては、基本的には月1回程度の家族療法・家族面接を行っています。家族、特に親御さんの心痛・悩みはやはり大変なものがあり、それらを受けながらこれからのことを一緒に考え、協力体制でしていきましょうとお願いするわけですが、ほとんどのご家族は非常に協力的にしてくださっています。家庭そのものの問題が主で入所にいたっている子供さんの場合は、児童相談所の担当の方達と連携をとりながら、慎重に家庭への対応をしていっています。
 また福祉サービスとして、当施設利用者以外の方達に対しても、電話・外来相談をお受けしています。個人的に来られる場合もありますが、学校や保健所、病院などから紹介されて来られる場合が多いようです。ときには継続でのカウンセリングとなることもあります。
 以上がおおまかな業務内容です。ここでは、教育・相談・医療機関等との協力が不可欠ですので、こまめに連絡をとりあえるよう心がけています。自分として理想とするところは、もし我が子に問題がおきたときには気軽に利用したいと思える施設、というものです。そのためにどうずれば良いかという点を基本においています。安全が保証されたうえで、こども達にできるだけ多くの選択肢を提供し、できるだけ本人の意志を尊重できるよう、またその意志が本人に有意義なものになるようにスタッフが支えになれる施設をめざしてゆきたいと思っています。

VII. 看護について

 「健康とは単に病気あるいは虚弱ではないというだけではなく、肉体的、精神的、社会的に全ての面で良好な状態を指す」-。これは世界保健機関(WHO)が打ち出している健康の定義です。
 頭痛や腹痛などの体調不良を訴えてくる子の中には、単に薬を渡せば症状が改善するというわけではなく、心の問題から慢性的に症状を訴えて来るという場合があります。
 心の問題は身体にも影響してきます。表面的な症状だけにとらわれず、心理チーム、医師、生活チームと連携を取りながら、継続した対応が必要とされます。
 生活観、健康観は育ってきた環境、教育によって大きく異なってきます。
 こどもL.E.C.センターでの生活を通して、子どもたちが自分自身の身体・心と向き合い、より健康的な生活を送れるように援助していきたいと考えています。

看護業務の実際
○健康観察カード
 健康状態の把握と、子ども達が自分自身の体調について目を向けるきっかけとなるよう、子ども達自身に毎日記入してもらいます。
○身長・体重測定
 成長の記録、栄養状態の把握のため、月に一回実施します。
○定期健康診
 年に2回、嘱託医により実施。年度始めの健診については、学校における定期健康診断の項目に準じて行っています。
○投薬管理
 こどもL.E.C.センターでは、心が不安定な状態、なかなか寝付けず生活リズムが昼夜逆転している場合など、必要に応じて精神科医より薬が処方されます。処方された薬がきちんと服用されるように、また内服による効果、副作用の有無を確認し、ドクターとの連絡調整を図ります。
○通院
 受診を必要とする際には付き添い、病状を把握し、投薬や生活上の注意点などについて、他スタッフヘの報告・指示します。また継続的に観察を行っていきます。
○健康教育
 月に一回程度、教育プログラムの一環として授業を行います。
○生活
 L.E.C.センターでは看護婦も生活スタッフの一員として子どもと関わっていきます。
 食事、入浴など日常生活の出来事のなかで、ふと湧き出てくる身体や体調に関する悩み、疑問にその都度対応しています。また、生活を共にすることで気づいた点については、個人的に保健指導を行っています。

VIII. 教育について

 全国にある情緒障害児短期治療施設における教育体制は施設内の最寄りの校区の公立の小・中学校分教室(情緒障害児学級)または分校(養護学級等)を設けている。また施設内の教育現場においては、都道府県や政令指定都市の教育委員会から派遣された教員が学級を運営している。しかしながら、こどもL.E.C.センターでは現在分教室体制が整っておらず、分教室設置に向けた働きかけを行っており、分教室設置までの期間を“義務教育に準じる教育”として、スタッフの手で授業運営から学級運営・特別活動を行っている。
 こどもL.E.C.センターで教育を受ける多くの児童・生徒は学校不適応状態であることが多く、長期にわたり不登校を経験してきたこども達も含まれている。このようなこども達を抱えながら、基礎学力の充実をはかり、その前提となる学習意欲を育てることや学校教育を通じての治療を行うことを目的としている。これらの目的を具体化するためにこどもL.E.C.センターでは教育プログラムを午前の部・午後の部にわけ、独自の支援を行っている。
 午前の教育プログラムでは、教科教育(小学科では国語・算数・理科・社会(生活科)、中学科では国語・数学・英語・理科・社会)を展開している。児童が参加する最初の教育プログラム時に児童より、自分がどれくらいの学力を保有しているか、好きな教科・嫌いな教科、将来の進路についての聞き取り調査を行い、この聞き取り調査を経て、スタッフが一人一人の生徒・児童にあった段階の教育計画を立て、基礎学力の充実を図ります。小学科では、発見学習の充実を図り、多くの実験や観察を通じて「学ぶことに対しての楽しさ」を実感できるような授業を展開している。中学科では、地域大学からボランティアの学生の協力を得て、5人に1人の割合でスタッフや学習ボランティアが学習を指導し、わからないところを気軽に質問ができたり、わからないところを理解できるまで徹底的に学習指導を行うという、きめ細かな個別指導が行える体制を取っている。
 不登校の児童・生徒の中には、教室に入る事に対して強い緊張を示す生徒・児童もいる。このようなこども達に対しては本人の状態を当面受け入れ、こどもにとってスタッフが信頼にたる人になるような接し方を行うことにより、こどもL.E.C.センターが安心でき安定した心理状態になるような場となるようにスタッフと一緒に過ごしたり、教室外で活動するなどの働きかけを行っている。
 午後のプログラムでは、エンカウンター・グループ、心理劇、ネイチャーゲームなどの心理教育プログラムや工作活動、ビデオ鑑賞やお菓子作りなどの調理実習、コンピュータを使った体験学習、スポーツなどさまざまな集団での活動を行っている。このようなさまざまなプログラムを通じて、さまざまな人間関係を通して、コーピング・スキルを育成してゆくのである。「人と付き合うことは楽しい」「自分の気持ちを正直に表現したほうがいい」ということで対人的な積極性や自己表現力を持ったり、「辛くても我慢する」「苦しくてもやりとげる」という問題解決に向かう姿勢を身に付けたり「無理してがんばるよりも、自分にとって楽に生きる」という柔軟性を身に付けるのである。
 学校に行かないことで、学力面の問題もさることながら、学校生活を通じて身につける社会的スキルやコーピング・スキルを獲得することができない可能性が高い。特に学童期のこどもの場合、発達段階において社会性を身につける最適期である。また、同世代との交流経験は社会性の獲得上欠かせない条件でもある。
 こどもL.E.C.センターでの教育プログラムを通じて、不登校によるこれらハンディを克服して、コーピング・スキルを改善してゆく。
 このように、こどもL.E.C.センターでの教育は、単に基礎学力の充実を図るだけにとどまらず、生活・心理の部門と連携密にはかりながら、こども達人一人一人のケアを行うとともに、さまざまな社会性を身につけさせ、人間的な成長を促し、将来、健全な社会生活を送ることができるようになるための支援を行っている。

IX. こどもL.E.C.センターの行事について

 こどもL.E.C.センターでは施設生活全体が治療的、成長促進的な環境となることを考え、日々の生活や治療のみでなく施設行事を設けています。この施設行事は春の遠足、夏のキャンプや運動会、クリスマス会などであり、大きく分けて3つの視点から行事の企画を行っています。1]子どもたちの相互作用を促す、2]個人の成長を促す、3]社会の動きを感じる、です。
 一言に情緒障害児短期治療施設といっても不登校の児童や被虐待の児童を始め、抱えている問題は様々です。そのため、こどもL.E.C.センターでは行事そのものが、子どもたちにとってプラスになることを念頭において、プログラムをたてるようにしています。枠組みの設定は職員が行い、その内容を子どもたちと一緒に考えていきます。職員の意向だけを子どもたちに押し付けるのではなく、子どもの主体性、自主性を重んじて行事を進めていくように心掛けています。
 施設というものはどうしても閉鎖的になりがちで、外の社会と離別しやすい傾向にあります。日常生活において、外に出て活動することをあまり好まない子どもが多いため、行事を通して、毎日の単調な生活のペースから抜け出し、場所を変え、外の空気を取り入れ、時には季節を感じさせることを目的としています。
 春の遠足では新しい学年を迎え、新しい子どもたちの利用が増える時期です。この時期には子どもたちは新しい環境への不安や期待を感じており、遠足のような行事を通じて、子どもたちがお互いに知り合う機会を提供する場となっています。
 また、夏のキャンプとクリスマス会では社会の動きを感じるために行うものです。夏のキャンプでは施設を離れ、日常生活に対し、間を置いて振り返ることが出来ます。また、環境を変えることでリフレッシュし、普段の生活では感じることの出来ない自然を体験します。クリスマス会では季節感を感じ取り、職員及び子どもたちが一緒になって楽しみを分かち合います。
 さらに、家庭の事情で帰省できない児童は家族との関係が希薄であったり過干渉であったりしていたと思われ、安定した状態で家族旅行をしたり家族と触れ合ったりという機会が少なかったと思われます。そのため、そのような児童に対しては、毎週末、特別なプログラムを提供しており、買物や映画鑑賞などへ職員と共に出かけています。また、夏季及び冬季の長期休暇中も同様に家庭の事情で帰省できない児童に対して職員と共に皆で旅行をするというプログラムを設けています。
 今後の課題としては、それぞれ治療目的の違う多種多様な児童を同じ内容のプログラムで、どのように治療的な効果を見出し、取りまとめていくかという点です。様々な所から情報を収集し、試行錯誤しながら、こどもL.E.C.センターらしさを持つ行事を作り上げていきたいと思っています。

X. 避難訓練

 こどもL.E.C.センターでは、月に一度、避難訓練を実施しています。避難訓練の流れは、以下のようになっています。
1] 火災発生(火災発生想定場所;厨房)
 火災報知器が鳴り、火元取締責任者が火災が発生した場所へ急行し、現場の確認を行います。確認ができるまで、全員その場で待機しておきます。
2] 館内放送
 確認が終わったら、避難開始の放送を流します。
3] 避難、消火係活動開始
 避難誘導係のスタッフが、子どもたちを避難させます。また、消火係のスタッフは、初期消火のため、火災発生場所へ消火器を持っていきます。同時に消防署への通報訓練を行います。
<他にもこんな係りがあります>
*救護係…救急箱を持って避難する係です。病人がいる場合は、付き添い・搬送もします。ほとんどの場合、医師と看護婦が行います。
*生活係…避難訓練は子ども達が教育プログラムを受けている時に行いますが、教育プログラムに参加できない子供に関しては、生活係が責任を持って避難誘導・点呼を行います。
4] 点呼
 中学科・小学科、生活係に分かれて点呼をとって確認します。
 年に2回は所轄消防署からも来園してもらい、大規模な総合訓練を実施します。普段は避難訓練だけですが、総合訓練のときは消火器の使用訓練、おもちゃの電話を使っての通報訓練も行っています。 

XI. 調理室より

<緑の風景>
 「今日のごはん、なあ~に!?」
 こんな子ども達の元気な声が聞かれる食堂は、天井が高く、とても明るい開放的な造りになっています。南側は一面、大きなガラス窓になっており、そこからは広々とした芝生や、そよ風に揺れる木々・・・と、そんな心が洗われるような景色を眺めながら、食事をとることができます。
 また、食堂と調理室は、オープンカウンターになっており、子ども達の表情やその日の食欲の有無などもよく分かり、ひとりひとりの子どもをとても近くに感じることができます。
<スタッフと食事メニュー>
 栄養士1名、調理員6名、あわせて7名のやさしい(!?)女性スタッフで、毎日、子ども達の偏食と闘っています。薬膳料理を習得した栄養士の立てるメニューは、新鮮な旬の野菜をふんだんに使用しているため、気持ちを落ち着かせ、体調を整えてくれます。
<行事/子ども達とのふれあい>
・誕生会…月に一度、その月の誕生者を子ども達、スタッフ、みんなで祝います。
 その時には、誕生者に希望をとり、色々なバースデーケーキを心をこめて焼いています。
・栄養指導…月に一度、栄養士より、食全般にわたり、食物の栄養素やその役割、病気と健康、テーブルマナーなど、必要に応じて子ども達に話をします。
 また、調理実習をとおして、調理の楽しさを学んだりします。
<最後に…>
 「今日のごはん、おいしかった~!!」「これ何か変な味がする~!!」
 子ども達の容赦ない感想に、一喜一憂しながらも、子ども達みんなの喜ぶ顔を励みに、これからもおいしい食事を作り続けていきます。
 そして、何よりも、子ども達にとって“暖かい場所”でありたいと思います。

XII. 地域に与えた影響

1. 「こどもL.E.C.センター」の地域へのPR
1) パンフレットの送付先
 熊本県下の全小中学校、養護学校、全教育委員会、全相談機関、主要精神科、町役場、公民館
2) 新聞・テレビ
 熊本日日新聞、熊本県民テレビ、NHK、等の取材を受ける。
3) こどもL.E.C.センター講演会の開催。「子どものこころと家族を考える」、講演者:本田寿賀(こどもL.E.C.センター医師)。案内を、地域の民生児童委員、地域の保健所、地域学校PTAに配布。
・参加者44名。
4) 見学者の受け入れ
 積極的に見学研修を受け入れる。4月1日から9月30日現在まで、約205名の見学研修者があった。
5) ボランティアの受け入れ
 現在、熊本大学、熊本学園大学の学生20数名に援助してもらっている。
6) 職員を、学校カウンセラー、こころの健康相談員、町教育委員会主催の講演会に派遣している。
 以上のような活動を通じて、県下に情緒障害児短期治療施設の実像をPRしている。徐々に知名度が上がっていている。